週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『現地(にいない)特派員』★☆☆☆☆


スペシャル・コレスポンデント -現地(にいない)特派員ー

せっかくのアイディアを台無しにする詰めの甘い脚本、テンポの悪い芝居と編集

あらすじ

パスポートを失くしたラジオの報道チームが、NYに潜伏しながら最前線レポートを捏造することに。嘘が嘘を呼び、どんどん深みにはまっていく。(Netflixより)

 ネットフリックスオリジナルで以前からあらすじが面白そうなので気になっていた作品。尺も短めで気軽に観れる、のだが、実際に観賞してみると実に退屈で困ってしまった。

 内容はあらすじの通り、「諸事情で現地に行けなくなってしまったラジオ局の特派員が、南米の戦地にいるかのように見せかけるコメディ」である。これを聞くだけでも様々なアイディアが浮かんできそうだ。

 音やセリフで巧みにごまかし、ハプニングもなんとか取り込んでリアルな中継を行い、バレそうになって冷や冷やすることも多数・・・・でも最後には自分たちの浅慮を恥じた主人公たちが、この状況を打開して一歩人間として成長する、みたいな。そういうのを観れる・・・・と思っていた。

 

 しかしながら、こういう期待しているネタはまったく、出てこない。そもそも「バレそうになって冷や冷やする」くだりすら、ない。これはもう異常である。この「無茶な秘密を隠し通す」系のコメディだったら、それをやらないというのはもう根本的に笑いがわかっていない人間としか考えられない。

 音だけで何とかごまかそう、なんて笑いのネタとしてはもういかようにでもできる。ちょうど発売したばかりの『波よ聞いてくれ』というラジオ局題材のコメディ漫画があるが、 

波よ聞いてくれ(6) (アフタヌーンKC)

波よ聞いてくれ(6) (アフタヌーンKC)

 

  本作などはこの手の笑い満載である。本当はやっていないけれど、音だけは巧みに再現して何とかごまかす・・・・というのは、音の深刻さ、聞いている人の印象と、実際にやっていることのくだらなさの落差が最高に面白くなるはずなのに、そういうネタはことごとくスルーしていく。

 いいアイディアが根本にあっても、まともに転がさず、考えを深めず、表層をなぞっていくだけで思いつきを列挙していく程度なら猫に小判、豚に真珠で何も面白くない。

 

 そしてその代わりにあるのはなぜか、だらだらとした面白くないセリフの応酬と、性格の悪い主人公の妻が暴走していく様の描写。これがもう、本当に面白くない。

 主人公を匿ってくれているレストランのオーナー夫妻も、メキシコ移民として描写されているのだが、なぜか異様に頭悪く描写されていて、しかもそれを補えるような魅力が一切出てこない。彼らの絡む会話は進みが阻害されてただイライラする。主人公たちも気の利いたことを言おうとしているのだろうがまったく言えておらず、どこかで観たような薄っぺらなジョークを連発するばかり。

 

 さらに主人公たちを差し置いてやたらと前に出てくるのは主人公の妻なのだが、彼女の暴走はアイディアとして悪くないにしろ、この作品の根本のネタとは全然別種のものだ。入れるなとはいわないが、その前にやるべき事が山ほどある。

 それに、実は現地に行っていない夫と遭遇するシーンがあるのだが、一番の笑いどころのはずなのに、演技を完全に間違えているので全く笑えなく仕上がっている。夫をだしにして成り上がろうとしていた彼女が夫をアメリカ国内で目の当たりにしたら卒倒するほど驚くはずなのに、全くリアクションがない。これは明らかに異常だろう。

 

 その上、後半部分に至っては根源だったはずのアイディアをぶん投げてなぜか、現地に向かう。そう、現地に居ないから面白いはずの主人公たちが、現地に向かうのだ。まあ行くなとは言わないが、これにしたってその前に、やれることをやれるだけやりきったあと、最後の手段としてでないといけない。いや、それ以前に現地に行けるんだったら最初から行けよ!

 どこを切り出しても失敗している。制作者はまるきり笑いがわかっていないとしか思えない・・・・のだが、どうやら『The Office』のイギリス版を創った俳優が脚本兼監督兼助演をしているらしい。彼個人の笑いの趣味とこのベタベタのお笑いネタが、マッチングしなかったのだろうか。

『スパイダーマン:スパイダーバース』★★★★★


映画『スパイダーマン:スパイダーバース』本編映像<スパイダーマンは1人じゃない編>(3/8全国公開)

変化球かと思いきや超速球直球、王道の一品。新たなスパイダーマンの可能性が拓けた

あらすじ

ニューヨーク・ブルックリンの名門私立校に通う中学生のマイルス・モラレス。実は彼はスパイダーマンでもあるのだが、まだその力をうまくコントロールできずにいた。そんな中、何者かによって時空が歪めらる事態が発生。それにより、全く異なる次元で活躍するさまざまなスパイダーマンたちがマイルスの世界に集まる。そこで長年スパイダーマンとして活躍するピーター・パーカーと出会ったマイルスは、ピーターの指導の下で一人前のスパイダーマンになるための特訓を開始する。

 確か『ヴェノム』の感想を書いたとき、エンドロール内で披露された本作の予告の印象が最悪で、「絶対観ない」と言い切っていた気がする。なにしろ映画観終わった後なのに中途半端な無関係アニメの一部分がえらく長く、5分近く流されたのだから興ざめもいいところで、「スパイダーマン好きなんだから観るだろ」といわれているような気になって腹が立ったので「観てたまるか」という気になったのだ。

 しかし、アカデミー賞の結果やら、周囲の映画好きの感想やらを観て行くに、だんだん無視も出来ないな、というか面白そう、という気になってきて、ようやっと観賞。

 3Dアニメながら2D的な良さを徹底して導入した新時代のアニメーション作品。このあとのアニメは本作を無視しては創れないだろう。一方で筋書きは、意外なほど王道中の王道で、マニアとライトファンの両方へ目配りがなされた良作。

 

 まず、『ヴェノム』内予告はなんであんなシーンを選んだのだろう(笑)。まあ、スパイダーマン大好きな人からすると「●●が死んでる・・・・!?」となるのかもしれないが、そこまでのファンじゃない人間からすると「まあそういう話もあるだろ」としか思えない。場面としてもそんなにパッとしないし。

 言い換えると、あのシーン以外はとにかく、かっこいい。頭から終わりまで「カッコいいとはこういうことさ」と言わんばかりのクールな表現の嵐。映画は「気持ちいい速度で新しい情報が出てくる」のが良作なのだが、まさに、頭がパンクする直前のギリギリのラインで、わかりやすく斬新な内容が描かれ続ける。ありがちなネタで退屈したり、だらだら喋っている説明セリフでうんざりする瞬間は一秒もない。

 実際、120分以上の作品だったが、体感としては90分くらいだった。もっと観ていたいくらい。

 

 3DCGで創られていて、画面内は恐ろしいくらいのオブジェクトが動きまくっており制作の工程を想像すると頭がおかしくなりそうだが、同時に2D表現の面白さ、よさ、たとえばペンで描いたような平面らしく見える効果を加えたり、版ズレ(印刷時に特定の色だけズレて印刷してしまうこと)を意図的に再現したりと、観ていて気持ちよくなる遊びが山ほど詰め込まれている。

 そう、どこをとっても「気持ちいい」を優先しているように感じられた。テンポの良さ、展開の早さ、音楽の格好良さ、キャラの魅力。お約束や決まり事の類いは全部、気持ちいい表現に書き換えられていく。それは作品冒頭で主人公が描く、グラフィティアートが象徴的に表現しているように感じる。ルールよりも「格好良くて気持ちいい」ことのほうが大事なのだ。

 バリバリのセンスによって、面白くってカッコよくて観たことないアイディアが敷き詰められ、しかも過積載にはなっていない。間違い・嘘・矛盾・意図的な誤謬は全部(面白かったら)OK。この感覚、『キルラキル』あたりに近いかも知れない。実写版には出来ない、(そもそもが主観的感覚によって構築されている)アニメーションだからこそ出来る表現なのだ。

 

 ところが一方で、筋書き自体は驚くほどに王道。少年の成長譚。マルチバースから無数のスパイダーマンたちが・・・・という意表を突いたアイディアながら、やっていることは実は極めてシンプル。「自分と同じ存在が大勢いる」というシチュエーションからならもっと、異例の展開や感情を導き出せそうなのだが、結局それはやらなかった。正直言ってその点だけは、若干物足りない。「それはこのお話でないと描けないこと?」という疑問は感じた。

 ただ、表現として斬新な部分が非常に多いので、バランスを取るなら話はベタなぐらいでちょうどよかったのだろう。これで「私は・・・・誰だ」的な、ミュウツーみたいな悩みを吐露していたらわけわからなくなっていたおそれもある。続編やスピンオフ以降では、より踏み込んだネタに向かって欲しい。

 

 コメディ要素もたっぷり、メタ的なネタも満載。そしてスパイダーマンのことをよく知らない(自分のような)人間も、かわいい&かっこいいキャラたちに大満足。尺が足りていなくて一部のスパイダーマンは描き切れていなかったので、さらなるアニメシリーズの展開を期待したい・・・・というか、絶対すると思う。

 ソニーピクチャーズはスパイダーマンの権利を保持し続けている一方で、MCUに加入する以外にスパイダーマンシリーズを拡大することができず、宝の持ち腐れ状態じゃないだろうか(ヴェノム系のヴィランの拡張だって、本丸のスパイダーマンとの絡みがしづらいので限度があるし)、と思っていたが、ここで見事に、スパイダーマンだけでシリーズ展開していく端緒を拓いてみせた。

 

 また新しく金をむしり取られ続けるユニバースが生まれてしまうのは個人的にはしんどいが(笑)、でも、グウェンとかペニーとかノワールのスピンオフは観たいもんなあ・・・・。あと、いつかトム・ホランドの実写版ともクロスオーバーして欲しいです(この設定なら可能だし)。

『グリーンブック』★★★★☆


【公式】『グリーンブック』3.1(金)公開/本予告

想像外の軽妙なコメディ、しかし背負うものは重く大きい

あらすじ

1962年。天才黒人ピアニストは、粗野なイタリア系用心棒を雇い、〔黒人専用ガイドブック<グリーンブック>〕を頼りに、あえて差別の色濃い南部へコンサート・ツアーへ繰り出す。旅の終わりに待ち受ける奇跡とは? まさかの実話!(公式サイトより)

 アカデミー作品賞受賞、ということで評判を聞きつけて観賞。ただ、事前の賞関係レースで、スパイク・リー監督が批判的な言葉を吐いていたことは聞いていた。

 実際に観賞してみると、その言葉も無理もないかな、という感もある意外なほどあっさりした物語・・・・のようにも感じられるが、内包している問題の深みはかなりある。そんな重さをあえて感じさせず、楽しく魅せてくれる物語。

 

 基本的には実話ベースだが、あくまで映画であり、また、脚本を書いたのは主人公二人の片方・トニーの実子ということもあり、ある程度のバイアスは掛かっている模様。

 黒人と白人の60年代アメリカにおける対立と和解を描いた物語、というのはあらすじを見てもわかるとおりなので、「そういうお話」を想像しながら見始めるが、物語は荘単純ではなかった。まず、明快な対立は描かれていない。

 わかりやすく「ふたりの対立」⇒「激昂」⇒「救済」⇒「友情」みたいな、きっかけが具体的な展開ではなく、結構早い段階でお互いに対してそれなりの、人間らしいリスペクトは生じる。しかしそれでもどこかぬぐえない「偏見」という、現代でもよくあるどうにもしがたい感情・感覚がコミカルな方法で描かれている作品だった。

 

 なにしろ、主人公のピアニスト、ドン・シャーリーはクラシック音楽ベースのジャズピアニスト、という腕も立ち知性もあるタイプの人物で、演奏を聴けば一発で「天才だ」とわかるレベル。なので、粗野で黒人に偏見を持っている主人公・トニーも一目置かざるを得ない。その意味で、シンプルに黒人差別を描く物語とは違ってくる。

 個人的にクラシック音楽をよく聞くのでそのあたりの事情は非常に理解出来るのだが、黒人のクラシック演奏家は現代でも(自分の知る限り)ほぼ存在しない。アジア人もラテン系もいるのだが、黒人は全然いない。指揮者ではごく少数存在するが、それ以外の演奏家はほとんど見当たらない。いても金管楽器奏者が大半。ピアニストは、技巧はあってもジャズピアニストになっていく・・・・もしくは、ならざるをえない。

 つまり、彼は自分の軸足、地盤になる場所から排除されざるを得ない、マージナルマンということになる。この主題は、終始描かれ続けていく。

 

 また、トニーもイタリア系移民ということで、アメリカで主流でいられる人物ではない、というのもミソだった。トランプ政権下で浮き彫りになっている「下流白人」の被害者意識も題材の一つに練り込んである。どうあがいてもろくな暮らしが出来る気がしない、その日暮らしの人生の中で、金持ち上流階級の黒人と出会う、という非常にレアなケースを描いているのだ。

 そんな彼らが、長旅の中でちょっとずつ、親しくなっていくストーリー。実はこういうタイプのお話はとても描くのが難しい。先にも書いたように、明確な結節点を設定して、そこを乗り越えるとゴールに近づいていく、という構成を組んだほうが、失敗はしにくいのだ。少しずつ距離を縮めていく、という構成だと、ちょっとしたバランスのしくじりで映画全体が台無しになりかねない。本作では、この舵取りに成功している。

 

 というわけで、気の利いた小品、でありながら重層的な主題を持っている佳作であり、また、主要登場人物にイヤな人がいない、という観客にストレスを感じさせにくい形式も相まって、非常に観やすい作品なのだが、同時に、「作品賞か?」という疑問は少し、残る。

 個人的な感覚で言えば、『ROMA』や『ファースト・マン』のほうが重厚で興味深い主題を扱っていると感じる。読み深めに耐える作品強度としても、本作は決して強いとまでは思えない。クリスマスシーズンに観る心温まるいい映画、としては十二分に薦められるのだが、それ以上になり得るかというと正直言って、疑問は残る。やはり政治的な事情が絡んでいるのだろうか。

 

 スパイク・リーの『ブラック・クランズマン』も早く観たいな、と思いつつ、本作もよかった。良作。

『プロジェクトA』★★★★☆

 

プロジェクトA (字幕版)

プロジェクトA (字幕版)

 

細かい疑問はあれど、100分きっちり楽しませる命がけアクション

あらすじ

ジャッキー・チェン×サモ・ハン・キンポー×ユン・ピョウの香港三大スターが集結した伝説のアクション!! 悪の海賊相手に突撃海兵隊長が大暴れ!決死の”A計画”始動―― 自転車を駆使したミラクチェイス、高さ25メートルの時計台からの落下など、体を張った命知らずの見せ場が続出!エンディングロールのNG集まで、全編クライマックスというべき痛快活劇巨篇。(amazonより)

 明日は文芸作品鑑賞予定なので、今日は楽しい1作で。しばらくぶりのジャッキーアクションは、案の定目を疑うようなシーン連発で、楽しく観れた。

 筋立て自体は上の通り、特にどうということはない勧善懲悪。愚かな役人の上役に対してジャッキーが吐く言葉は胸を撃つが、そこを除けばとにかく闘いまくりのアイディア満載アクションである。

 

 自分も「自転車アクション」「25m落下」などは以前から話には聞いていて、そのシーンが来るとおおっと胸が躍ったが、思いの外さらっと終わってしまう、というか中間パートの1アイディアに過ぎないあたりは出し惜しみしない姿勢がうかがえる。落下アクションなんかはエンディングなのかとてっきり思い込んでいた。

 ハリウッドアクションと違ってジャッキー映画は、常に笑い、ユーモアが満ちていて、しかもさらりと朗らかに笑わせてくれるのが嬉しい。嫌みも無く、わかりやすく、余計なメッセージ性もない。落語的な滑稽味。今作ではチャップリンの引用が随所にあったが、そのあたりのコメディセンスも引き継いでいるのだろう。

 

 シナリオに関して言うと、シーンの繋がりがわかりにくかったり、登場人物が多いわりに尺は短いので若干混乱があったり、そもそもサモハンのキャラは必要なのかと疑問に感じたりと引っかかりは少なくない。主人公たちの捜査の過程は二転三転しているのだが、悪役がキャラを立てる前に負けてしまうことが続くので、立ち向かうべき悪がどうもぼんやりしているのだ。

 本当ならあと20分くらいあれば、登場人物の心情やキャラクター性ももっと描けただろう。ジャッキーの彼女的なキャラも、特段活躍するシーンも無く終わってしまった。

 しかし、これはもう割り切って、映画館に来た人が目先の愉しさを味わえるかどうかを優先しているのだろうと思う。説明は足そうと思えばいくらでも足せる。それをあえていれていないのは「たるい」と判断したということ。幸い、何が起きているのかわからなくなるほどの混乱はない。

 

 胸のすく活劇、以上でも以下でもないが、ハードなアクションでいっぱいの快作。ところで、どうもコマ落ちしているように見えたのは、Netflixのデータがおかしいのだろうか? それとも現存するデータ化フィルムに問題があるのだろうか?

『マイケル・ジャクソン THIS IS IT』★★★★☆

 

 完璧主義の天才の裏側をチラ見出来る、ファンにとってはたまらない1作

あらすじ

マイケル・ジャクソン──キング・オブ・ポップ 。その偉大なる素顔と感動のラストステージがブルーレイでついに登場! 映画では明かされなかった『未公開映像』も一挙収録”THIS IS IT”がリハーサル映像により奇跡の映画化! 今年の夏、ロンドンのO2アリーナで開催されるはずだった彼のコンサート”THIS IS IT”。本作は2009年4月から6月までの時間の流れを追いつつ、百時間以上にも及ぶリハーサルと
舞台裏の貴重な映像から構成されています。幻となったロンドン公演の監督を務めていたケニー・オルテガが映画も監督し、全世界同時公開された。(amazonより)

 世代的にマイケルの直撃は受けておらず、すでに伝説になったあと、あまたのスキャンダルにまみれている人・・・・というイメージのほうが強い。そして突然亡くなった、という印象で、実際のパフォーマンスを観る機会があったのは没後だった。

 なので、今まで接したことがあるのはYoutubeなどで観られる動画がほとんど、そこで初めて凄い人だったのだ、と知った程度で、楽曲もあまり知らず、正直に言えば曲自体もそんなに好きではない・・・・というのが筆者である。

 

 というわけで、本作を評価したりどうこう言ったりする資格は全く無い。冒頭に宣言されているように、「For Fans」の映画なのだ。

 筆者はクラシック音楽が好きなのだが、『アマデウス』だけを観てモーツァルトを語るヤツがいたら腹が立つだろう。それとはちょっと違うかも知れないが・・・・しかし断片だけではマイケルがどれほど偉大だったのか、論じることはできない。そもそもリハーサル風景しか見られないので、劇中でも彼自身が言っているように、100%のパフォーマンスを見せているわけではないのだし。

 

 ただ、そんな門外漢でも、作中でマイケルが共演者たちに伝えている指示の厳しさ、天才特有の不明瞭さ、それに対する周囲の困惑は伝わってきた。非常に抽象的で感覚的なことしか言わないので、世界一級クラスの音楽家やダンサーたちでも、どうするのが正解だかわからなくて困っているのがよくわかる(笑)

 マイケルの中には正解があって、彼自身の中ではどうすればいいのかはっきりしている、けれど伝達の明快さは誰からも求められてこなかったので、抽象的な感覚そのものしか口にしてくれない。こういう人には翻訳者がそばに必要なのだが、マイケルにはいたのだろうか。

 

 これだけの巨大なショーを行いながら、ショーの中では環境問題に対する意識を歌っている。そこに矛盾を感じない、純な人だったのだろうな、と少し、面白く感じた。

『スピード』★★★★☆

 

スピード (字幕版)

スピード (字幕版)

 

力業だがそれがいい、アイディアてんこ盛りで走りきるサスペンス

あらすじ:ラッシュ・アワーのLA。乗車15名を乗せた市バスに時速80km以下に減速すると爆発する時限爆弾が仕掛けられた! ロス警察のswat隊員ジャックが人質救出のために立ちあがる! (amazonより)

 昔読んだ映画評論家の著作で、大体その人は文芸作ばかりを褒めていたのだが、珍しくアクション映画を賞賛していたので記憶していたのが、この作品。キアヌ・リーブス初期の主演作で、助演がサンドラ・ブロックデニス・ホッパーという手堅い面子。

 正直言って深みや人間性の掘り下げなどは欠片もないが、それを補ってあまりあるアイディアの奔流に溺れる快楽が、2時間ぶっ通しで詰め込まれている。

 

 この頃のアクション映画の大作を観ると、『名探偵コナン』の元ネタと思われる話が散見されるので困る(笑)。『時計仕掛けの摩天楼』は『新幹線大爆破』が元だろうが、こちらの意識もあるだろう。原作でもバスジャック事件や爆弾魔事件は、描写に本作からの影響があったと思う。

 こうした作品は、アクションだけで押し切ろうとしてもたいていの場合限界があるので、どこかに犯人の叙情的な描写とか、被害者のドラマとかを入れ込んで何とかするものだが、本作はそういう脇への色気が一切無い。とにかく、爆弾を核に据えたクライム・サスペンスのみで乗り切っている。そのために、多種多様なシチュエーションで緊張感がリセットされないよう、状況をどんどん進めているのが素晴らしい。

 

 大体は、中核になるシチュエーションを思いついたらそれをいかに続けるか、と考えてしまうのだが、潔いくらいのこの作品では次、次へと話を進めていく。しかも、中途半端に終わらせるのではなく、それぞれの状況で起こりうるアクションを限界までやりきったあとに次の状況へと移るので、物足りなさもない。徹底して考え抜いたことが観ていてもよくわかる。

 また、爆弾を扱った作品は、逆に言うとほとんどのシーンでは爆発が起きない、ということでもある。その退屈さ、物足りなさが起こらないように、各シーンに中程度の危険をちょうどよいバランスで配置しているのも上手い。

 アクションが面白くなるのは、観客が本当にどうやって解決したらいいかわからない事態が発生しているときのみである。つまらない泣かせのドラマや、解決するに決まっている感情的な喧嘩沙汰などは最小限に収めてしまえば充分。

 

 もちろん、先にも書いたように厚みのある人間など1人も出てこない。どれもこれもテンプレ的な「善良なる市民」ばかりで、面白みは全く無い。主人公もヒロインも同様である。セリフは気の利いたことを言わせようとして結果、シチュエーションに合わなくなっているし、そもそもこれだけの緊張感、命のかかった状況で笑顔とジョークが飛び交うというのはどうにも違和感がある(いくらアメリカとはいえ)。

 しかし一点、デニス・ホッパー演じる悪役の演技は終始、凄まじい迫力があった。ぱっと見、冴えないおっさんにしか見えない彼が完全にサイコパスの犯罪者らしく見えてしまうのは、さすがの演技力と感じる。若々しいキアヌ・リーブスの身体を張りに張ったアクションシーンも圧巻。楽しく手に汗握れる不滅の佳作。

『アリータ:バトル・エンジェル』★★★★☆


🎥 ALITA: BATTLE ANGEL (2018) | Full Movie Trailer in HD | 720p

壮大な冒険へとこぎ出す第1章。新世代のスター・ウォーズとなるか

あらすじ

 数百年後の未来。スクラップの山の中から奇跡的に脳だけが無傷の状態で発見されたサイボーグの少女アリータは、サイバー医師のイド博士によって新たな体を与えられ、目を覚ます。しかし彼女は、自分の過去や今いる世界についてなど、一切の記憶が失われていた。やがてアリータは、自分が300年前に失われたはずの最終兵器として作られたことを知り、そんな兵器としての彼女を破壊するため、次々と凶悪な殺人サイボーグが送り込まれてくる。アリータは、あどけない少女の外見とは裏腹の驚異的な格闘スキルをもって、迫り来る敵たちを圧倒していくが……。(映画.COMより)

 最初期に映画館で予告編を見たときは「えー」の一言だった。目がでかい。ただそれだけ。原作も恥ずかしながら未読なので、特に思い入れもなく、鑑賞の予定はなかった。たぶん滑るだろう、と。ジェームズ・キャメロンロバート・ロドリゲスもそれほど好きな監督ではないので、スルーでいいかと思っていた。

 しかし、じわじわ伝わってくる評判の良さに気になってくる。大きな目も予告やポスターで繰り返し観ていると馴染んでくる。日本以外では初週興行収入一位、というのも惹かれる(日本では『翔んで埼玉』に負けた)。

 

 観賞してみると、気になるところはいくつかあるものの、徹底して詰め込まれた情報量、そして愛らしいアリータの姿に徐々に引き込まれていき、終盤では文字通り手に汗握りながらキャラクターたちを応援している状態。ロバート・ロドリゲス作品とは思えない、直球勝負の青春SF映画(の序章)だった。

 気になったのはほとんどが前半に集中している。これ、確実に大量にカットしてなんとか120分に収めている(笑)。明らかに尺が足りていないシーンが多かった。もう少しカメラが引いてからカットが切り替わるべきだったり、感情表現の演技が終わりきっていないのに次のシーンに移ったりしているところが頻発している。絶対ディレクターズカット版か、エクステンデッドエディションが出ると思う。

 

 クリストフ・ヴァルツのような演達者がこんな半端なところで芝居を終えているわけがない、というポイントで強制的に次に進んだりしているので、なかなかメインキャラたちに感情移入がしきれないのだ。「しきれない」というのは、「できない」というほど完成度が低いわけではないという意味。何もかもがよく出来ているので気持ちよく共感できそう・・・・になった途端に置いていかれる。

 また、単純に「やらないといけないこと」と、それに伴うシーン数が多すぎるのも気になる。「これだけの設定は消化しなきゃ!」という焦りがあるかのように、回想シーンや説明セリフが頻発するのは少々引っかかった。とはいえ、それらも非常に上手く処理されているので、許容出来ない、あるいは退屈するということはない。

 

 そう、何もかも「ギリギリセーフ」ぐらいのところをすり抜けていく感じなのだ。膨大な説明も、置いてけぼり寸前のハイスピード展開も、完全に理解不能になるちょっとだけ前、なんとかみんなついていけるラインで構成出来ているので、赤信号寸前でなんとかとどまれている。

 登場人物の内面描写の薄さも(これはロバート・ロドリゲス監督の癖なのだと思うが)終始気になったとはいえ、ド直球の青春物として作り上げたこと、勢いのまま走り続ける展開によってこれも最終的には気にならなくなる。また、クリストフ・ヴァルツをキャスティングしているのがここで上手く作用していて、彼がいるだけで圧倒的存在感と安心感を発揮しており、他の若いキャストやCGの軽さと巧みにバランスを取っている(今のスター・ウォーズに足りないのはこの安心感だろう)。

 

 世界観の作り込みは言わずもがな。広大な未来のスラム街の光景と共に、どうやって撮影しているのかさっぱりわからないシーンが頻発する。主人公が自分の真実を探す、というプロットも手伝って、新世代の『スター・ウォーズ』になりうる厚みのある物語だと感じた。主人公が圧倒的な身体能力を生かしてレースに挑んで自由を勝ち取ろうとする、というプロットからすると、実際に意識しているかも知れない。

 ただ、単に趣味的なSFに堕することなく、メインプロットは「異性との出逢い・自分の限界への挑戦・スポーツへのトライ・友との出会い・両親との対立」など、あくまで青春物の王道から逃げていないのも、間口を広げている理由だろう。

 

 ラストシーンの「あの人」からしても、未だ全く明かされていない世界観からしても、次回作以降を意識しているのは明らか。なのだが、この1作目でも充分に完結していて満足感もバッチリなので、気にせず観て欲しい。

 さらなる広がりを見せる「2」はさらに面白くなるかも知れない。期待を込めて。