週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『フルメタル・ジャケット』★★★★★

 

  名画と評判だけど観てない作品を観ていくシリーズ。戦争映画は好きなのだけれど、体力を使うので多少元気なときでないと厳しい。

 

 そう思って緊張して見始めたのだが、想像していたほどわかりやすく「つらい」映画ではなかった。まず、そもそも登場人物を感情移入出来るほど描いていないので、誰かが死んだところでそれほどの心的ダメージを受けない。前半部分は有名な鬼教官しごき、後半は実際の戦場に出ての描写、となる。

 しかし、前半の微笑みデブの下りが終わると実のところ一貫した明快なドラマは存在しない「点描」なので、見終わってもあまりはっきりした印象が残らない。傷つくという意味では『ディア・ハンター』のほうがつらかったし、『地獄の黙示録』は明瞭な目的がストーリー全体に存在しているので多少脱線しても迷わない。

 

 では、大したことない映画なのかというと、やはりそんなことはない。描かれているのは終始一貫して「奇妙に歪んだ愛」だったと思う。戦場という常識を失った場所で、通常とは全く違う意味合いに変化してしまう「愛」。教官から微笑みデブに向けられているのも愛。戦地で再会した仲間に毒づきまくるのも愛だし、娼婦に向けられているのも愛、瀕死の仲間を助けに走るのも愛、スナイパーのベトコン少女に向けられていたのも愛だろう。日常で感じ取られるのとは全く異なった意味合い、形になった、異形の愛である。

 ベトナム戦争は結果としてアメリカにとって無意味化した戦争で、そうでなくとも戦記物は常に戦闘行為の虚無感を描写している。ほとんどの戦争映画(特にベトナム戦争映画)はその描写に終始するが、その先、よすがになり得るのはおそらく愛だけなのだろう。たとえ刹那的な感情であっても構わない。冒頭のハートマンによって価値観が完全に破壊された(そのように訓練された)世界で、それでも意味を持ちうるのは、本の微かであっても愛だけなのかも知れない。

 

 微笑みデブの緩みきった顔から狂気へ進む表情だけの演技、圧巻だった。異常なまでに凝ったセット、戦場の再現、一方で連続性のないシーンで保たれ続ける緊張感。泣かせのドラマに頼らない、本物の演出力だけが為し得る傑作だった。