週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『フライト』★★★★★

 

フライト [DVD]

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  二日連続でゼメキス監督作品。「冒頭の飛行機墜落シーンがしんどい」と言っていた人がいたので心配していたが(筆者は飛行機が苦手)、さほどではなかった。それより何より、「飛行機墜落についての責任を問われる映画」なのだろう、『ハドソン湾の奇跡』みたいな映画なのだろうと想像していたのが間違いだったことが驚きだった。

 

 確かに、作品としては、飛行機が墜落した機長が調査委員会にかけられ責任の有無を問われる、というところまで同じである。一方が事実を元にした作品、一方が完全なフィクション、という違いだけだ。だが、『ハドソン湾』が結果的にあまりにわかりやすく「英雄」をたたえる作品になった他方で、本作は答えを見いだせない隘路に客を迷い込ませる作品である。

 正直言えば、飛行機墜落は物語の契機に過ぎないのだ。問題はデンゼル・ワシントン演じる主人公が到底英雄とは呼べないアル中でヤク中のろくでなしである、というところにある。そしておそらく、物語は極めて宗教的な背景を持っている。

 

 あいにく筆者が無知なので宗教的背景について正確な考察をすることは無理なのだが、描かれているのは「果たして英雄的行為を行い英雄と賞賛される人物が、その振る舞いに人道的に許しがたいところがあっても許されるのか」という普遍的な問いかけである。主人公がそれまで蓋をしてきた人生の問題が、事故をきっかけに無数に噴出し始める。エクストリームな事態においてごまかしがきかなくなり、問題に向き合わなければならなくなった主人公の苦悩と逃避を、正面から描写し続けている。

 

 実のところ、事故そのものには主人公は全く責任がない。そして責任がないこと自体は事故シーンの描写でも、その後の調査でも明白である。従ってこの物語の問題は、そこのサスペンス性にはまったくない。むしろ、英雄でも何でもない人間が、長年の技術と知識と経験によって突如、英雄と目されてしまったとき、そのまま生きていられるのか、という他では観られない問いかけに面白みがある作品だろう。

 普通の家族、普通の職場、普通の友人関係のままであれば、主人公の「ろくでなさ」は日常の中に埋没されるだけだった。それが事故によって突然白日の下にさらされ、注目を浴びることになる。確かに、主人公が繰り返し主張するように、彼以外の操縦士ではあれほどの乗客を救うことは出来なかった。酔っていようがいまいが、コカインを吸っていようがいまいが、「結果だけ」を見るなら、何の問題もない(もちろん、全員を救ったのではない、というところがさらに事態を複雑にしているのだが)。

 すなわち問題を更に普遍化すると、「物事は結果だけよければそれでいいのか?」ということでもあるだろう。

 

 もうひとつ、主人公の視点に変えれば「嘘・ごまかし」についての物語でもある。主人公は世間に対しても自分に対しても嘘をつき続けてきた。嘘によってギリギリのバランスを保っていた生活が、事故によって一挙に瓦解し、自分自身を保つために短期間に無数の嘘を吐かなければならなくなった。

 そして、彼は最後の最後、たった一つだけの嘘をつくかつかないか、という選択をつきつけられる。その選択は、ずっと苦笑いしながら主人公の愚かな行動を眺めていた観客が息を呑むほど重いものだった。吐き続けた嘘の果てに、背負いきれない重い罪が主人公の元へやってきたのだ。

 

 この作品のタイトルは「FLIGHT」。プロット自体はバスでも電車でも成り立つものである。『ハドソン川』を踏まえるなら、設定を変えることも考えられただろう。しかし、天高く飛び続けていた人間が偶然の「御業(みわざ)」により地に落とされ、もがき苦しむ物語でなければならなかった。それならばこの作品は、飛行機の墜落を描くしかなかったのだ。

 コミカルかつ深刻な主人公を演じきり、過度な演出や音楽がなくとも画面を成り立たせるデンゼル・ワシントンの芝居は秀逸。おすすめです。