週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『MUTE』★★★★☆


Mute | Official Trailer [HD] | Netflix

 『月に囚われた男』や『ミッション:8ミニッツ』といったSF映画の傑作を2作連続で世に出した、ダンカン・ジョーンズ監督のオリジナル作品第3弾。非常に期待していた作品なのに劇場公開じゃないんだ、と思っていたが、観てみると少し納得。細かい寓意は読み取りきれなかったが、非常に私的で内容的にはとても小さなお話だった。メジャースタジオでは企画が通りにくいだろう。だが決して嫌いにはなれない。

 

 1作目の『月に~』も2作目『ミッション~』も、今思うと決して壮大なストーリーではない。どちらも共通して、1人の孤独な、取り返しのつかない喪失に苛まれる男の物語である(なので3作目として『ウォークラフト』の実写化などといういかにもハリウッド仕事らしい作品を請け負ったのに驚いてしまった)。1~2作目はどちらも、至ってシンプルなSFのアイディアをどこまでもどこまでも転がしていった挙げ句、目を疑うような地平へと辿り着いてしまう作品である。

 そこには、生きているとはどういうことか、自分とは誰なのか、ということへの根源的な問いがあった。同時に、目を引く明確なSF的アイディア(ポスターに惹句として書けそうなこと)も含んでいた。それらと比べると、本作はそうした惹きには欠けている。

 

 パッと観てわかるとおりの「80年代~90年代初頭的SF」のヴィジュアルを用いている。退廃的な世界。進歩を止めてしまった世の中。そんな中で、たった1人の水色の髪の恋人だけを愛する孤独なバーテンの男。彼は子ども時代、親の信念が原因で声を失ってしまっていた。そして突然、彼女は姿を消す。

 実のところ、主人公の身の上や抱えている問題と、この80年代的SF表現の間にはほぼ何の繋がりもない。こういう世界観にしなければ成り立たない表現はラストにほんの少しだけ出てくるが、大半の場面は別にSFじゃなくても成り立つ部分ばかりだ。SFは当然ながら、通常「SFでなければ描けないこと」を描くために用いられる世界観。さらに、この世界が近未来の圧制下に置かれたベルリンでなければならない理由も、作中では明示されない。

 

 だが、一見するとエンタメ作品のように見える本作は、実のところ限りなく私小説に近い作品なのだろう。なぜなら「何かを描こうとして失敗した作品」にも見えないからだ。失敗した映画作品もしばしば見かけるが、それらは「本来やりたかったこと」がどこかにあり、それが上手くいかなかったことも見て取れることがほとんどである。

 しかしながらこの作品は、明らかに確信してこういう作品を作ろうとした結果、できあがった作品に思われる。わかりやすさを放棄している作品というか。驚きや意外性、衝撃、あるいは過度な感情の揺さぶりによって観客を振り回そう、という気持ちがおそらくはなから無い。ただ1人の男が傷つき、終わる物語である。

 この手の作品につきものの派手なアクションシーンもこれといってない。そればかりか、アクションシーンが来るのかと思ったらすでに終わっているカットに飛ぶところすらある。正直、観ていても今何が起きているのかわからなくなるところも多々あった。登場人物は非常に少ないが、誰が誰でどういう関係の人たちなのか、ほぼ明示されないので「えーっと、何だっけ?」と混乱する。そもそも主人公が言葉を発することが出来ないのも、情報が整理できない状況を加速させる。正直言えば釈然としないシーンもいくつもあった。

 

 のだが、総合的に言うと嫌いにはなれない作品。ヴィジュアルイメージの美しさ(下品に堕しきらない映像美)と、登場人物の抑制された演技、幅の広い解釈を可能にする脚本。村上春樹がSFを書いたらこんな内容になるんじゃないかな、と今、ふと思った。すべての要素に何らかの意味を感じるのだが、一貫した解釈は困難で、しかし常に何かを訴えかけられているような感覚だけをずっと覚える。女性の描き方にも共通した印象がある。あるいはカズオ・イシグロ作品のような感覚。さらに言い換えると、『ブレード・ランナー』を観たときの感触にやや近いかも知れない。まあ、あちらのほうがSFである必然性があるのだが。

 おそらく、監督の心象風景を描くためにはこの「懐かしい未来」の描写が不可欠だったのだろう。それが他人に届くかどうかは別にして。万人に勧める気にはとてもならないが、個人的にはまた観たくなる日が来るかも知れない作品。