週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『アナイアレイション 全滅領域』★★★★☆


Annihilation (2018) - Official Trailer - Paramount Pictures

 ネットフリックスオリジナルのSF映画。監督は『エクス・マキナ』のアレックス・ガーランド。主演はナタリー・ポートマン。

 SFホラー、と銘打たれていたのでおっかなびっくり観たのだが、そこまで怖がらせてくる作品ではない。少なくともハリウッド系の、驚かせてなんぼのホラーではない。しかし、これまで感じたことのない種類の緊張感を終始強いてくる、不安に満ちあふれた良作。

 

 筋立ては単純で、宇宙から堕ちてきた「何か」が作り出した領域に行ってきた夫が、帰ってきたら瀕死の状態に。その理由、何が起きたかを知るために、医学者の妻が仲間4人と共に領域の中へ入っていく、というだけのもの。ロードムービー、というか、探検のお話。

 だが、その「領域」の異様さは常に観客の心を揺さぶり続ける。『メッセージ(★4つ)』を観たときも感じた不安感、異質さ、理解を超えた疑問の連続。『もののけ姫』もおそらくは意識しているだろう。我々の理解出来ない存在と接触したとき、人はどうなってしまうか。我々と全く異なる論理で動いている者と出会うと、人はどうなってしまうのか。

 

 キーワードは「反射」と「目的」。コピー、でも、模倣、でもいいのかも知れないが、細胞が分裂するように、自然の存在が写し取ることそれ自体に目的も意味もない。この物語の「領域」にはいったい何があるのか、何の意味があるのか、終始それを追っていく内容だが、最終的には「何もない」というところに行き着く。最後の灯台にいるのは『MOTHER 2』のスターマンを思わせるエイリアンのような者だが、彼らはただ、模倣と増殖を繰り返しているだけだった。侵略でも何でもない。

 一方、領域の中に入っていった5人の女性のうち、この突入に意味や目的を見いだしていた人物は主人公1人だけ。他の人物たちは、「目的」を失った順に命を落とすか、消滅していった。

 

 生物の進化や生命の誕生、それ自体には何の意味も無い。「なぜ? なんのために? 何が起きた?」と問いかけは日々、無数に行われているが、始原まで辿れば結局意味などない。意味や目的は人間が勝手に、人間の視点から付与しているに過ぎない。物語の冒頭でがん細胞について言及されること、主人公がその研究をしていること、主要登場人物ががん患者であることもそれに対する目配せだろう。がんが自己増殖して患者を死に至らしめることに何の「意味」があるというのか。

 そんな哲学を随所で感じさせる本作には宗教的な雰囲気すらある。領域の内部は毒々しく恐怖を感じさせると同時に、鮮やかで美しい。食虫植物の美しさにも似ている。あるいは仏教の涅槃のイメージだろうか。

 

涅槃 - Wikipedia

 

 思いつきで「涅槃」などと書いたが、ウィキによると部派仏教におけるすべてが滅無に帰した状態を「無余涅槃」と呼び、その状態は「身は焼かれて灰になり、智の滅した状態」を指すらしい。物語終盤のある人物が座禅を組んでいたこと、その人物の行ったこと、また、ラストのシーンで起きた出来事を考えると、偶然の一致とは考えにくい。

 

 閑話休題。一方で、強い目的と意志を持っていた主人公は、最後に次なる展開への予感を覚えさせる。「愛」と「贖罪」のために領域へ行き、戻ってきた彼女は、最後に明かされる理由からそのどちらの目的も失った。そんな彼女の選択が次にもたらす事態は何なのか。全く予測は出来ない。なぜなら、もう目的など無いから。そしてだからこそ、とても怖い終幕を迎える。

 わかりやすさは全く無い作品で、メジャーでの劇場公開が不可能だったのも頷ける作品。けれど、映像美とその行き所のない不安感を味わうだけでも、観る価値がある。