週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『ビューティフル・マインド』★★★★★

 

ビューティフル・マインド [Blu-ray]

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  ラッセル・クロウという俳優にどうにもよい印象がない。私生活の傲慢さ、自分の演技力に対する過度な自信、批判に対する怒りなど、あまり人間的にもいかがなものかと感じるところが多く、この作品を見始めたときもどうしてもその印象から逃れられなかった。本作を観賞するのが今さらになったのも、そのあたりの漠然とした感じの悪さが一因だろう。

 何しろ、線の細い神経質な天才数学者の役に見合っているとは、とても思えない。しかも序盤を見る限り、ごく一部の友人を除いては他人とつきあうことも出来ないコミュ障で苛立ちがちな、だが明らかに天才型の人物である。幸い、寮で同室の友人に支えられて辛い大学院生活を乗り切ったものの、彼が無数の壁にぶつかっているのは明らかだった。ようやく就いた仕事も政府関係の困難極まるものであり、主人公の苦悩は計り知れない。

 

 このあたりを観賞していると、「そんな彼が、自分の天才性と周囲の無理解の狭間で苦しみながら、人間として成長していく物語なのだろうなあ」と想像していく。おそらくほとんどの鑑賞者、特に映画を多く観ている自分のようなタイプはそう考えるだろう。物語の筋立てなどそうパターンは多く存在しないので、だいたいすぐに想定出来る。天才が出てくるお話はおおよそそんな展開になる。

 なので、そうした物語をラッセル・クロウが演技力を駆使して演じるのかー、と感じ、不釣り合いな気がしていたのだ。実際、序盤は大した事件は起きないものの、ロン・ハワード監督の卓抜した演出力で飽きる暇が無い。しかしそうでなかったら、この俳優の眼差しや口元からゆらゆら流れ出ている「傲慢さ」が主人公の人物像とミスマッチで、感情移入出来なかっただろう。特に最初のあたりでは、「周囲に認められない天才」という主人公のキャラクターと、俳優の演技にずっと違和感を覚えていた。

 

 ところが、あるポイントを超えたところで事態は急転する。この映画がそういった映画だということを幸運にも知らずに観ることが出来たので、途中から口を開けっ放しで見入っていた(なのでこの文章でもネタバレは避ける)。見事だった。ラッセル・クロウは極めて的確な演技をしていたのだ。そして監督の演出も脚本も完璧だった。

 詳細を語らずシンプルにいえば、この作品は主人公、ジョン・ナッシュの視点で一貫された物語ということだ。それは終始ぶれない。本当の意味で「弱い」人間、それは天才であるとかとは全く別問題の次元として描かれる。いや、彼が天才だったからこそ、その弱さが最大の物として彼に襲いかかってきたのかも知れないが。

 

 そして視点がナッシュに固定されているので、観客は彼と共通の体験をすることになる。尋常でない混乱と揺さぶりの中で、傷つけられながらそれでも生き続けなければ(=見続けなければ)ならない苦しみと絶望。逃げ出したくなるが、作中でも語られるようにナッシュ自身は逃げることなど出来ない。

 彼の苦しみは、冒頭からずっと巧みかつ緻密に伏線として描かれているとおり、彼自身の傲慢さ、プライドの高さに起因している(この描き方のうまさには息を呑んだ)。もちろん様々な不幸に見舞われてはいるが、彼が自らの業として背負わなければならない問題だったのだ。その重さ、そして周囲の受け止め方。どれだけが実話なのかはこの手の作品の場合、判断が難しいが、少なくとも作中では時代相応のリアルが、くわえて、そんな辛い時代でもあり得たかもしれない静かな闘いの姿が描かれていた。

 

 また、この物語は数学者ナッシュの20代から70代にわたってを描いているが、特殊メークによる加齢は驚くほど自然。いや、のみならずラッセル・クロウの老人演技は驚嘆すべきレベルだった。過度に老いを強調せず、微妙な声色や振る舞いの変化だけで年齢を表現しきっている。人間的にはアレな人かも知れないが、確かに演技力は文句なく素晴らしかった。傑作。