週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』★★★★★


映画『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』予告篇

 人に誘われて観賞。タイで大ヒットを記録した、カンニングサスペンスムービー。いい意味で想像を裏切る、緻密な脚本の良作。

 

 まず、邦題は正直ちょっと、ミスリードになっているだろう。『バッド・ジーニアス』だけのほうがいいかも。原題も念のため調べたが、『ゲームの悪知恵』というタイ語らしく、これもちょっと内容から受ける印象とは違っている。

 このあたりのタイトルだとカンニングの方法で窮地を緻密に乗り切る『オーシャンズ11』のような感じに思えるだろうが、実際は「青春映画」としての趣が強い。それもかなり、ビターな。個人的には『スラムドッグ$ミリオネア』を思い出した。

 

 観賞している間、中間部当たりまでは「まあまあかな」ぐらいに感じていた。★3つレベルかと。面白いは面白いけれど、カンニングの手段が圧倒的に画期的なわけではなく、見つかるかも知れないという緊張感以外は取り立てて素晴らしいと感じるところは少ないかな、とすら思えた。非常にテンポがよく、無駄な説明も片っ端から省いているので一切ストレス無く観られるのが長所かな、ぐらいの印象である。

 ところが、中間部以降でとある「事実」が明かされた後から、事態は急激に転換していく。それまでの比較的平穏なパートもすべて、この後半部分へ向けての周到な伏線になっていたことが明らかになる・・・・という書き方をすると『カメ止め』のようなイメージになってしまうが、そうではない。力強いどんでん返しというよりは、いたって自然な流れで気づけば取り返しのつかない場所に来てしまっている・・・・という印象である。

 

 とにかく物語の流れが自然かつ緻密で、しかもそれがあまりに自然なので「上手いやろ!」とドヤ顔で誇っているようにも感じられない。後から考えると「ああ、あれもあのために・・・・」と意図を理解するくらいだった。上記の「転換点」のあと、噴出するようにそれまで堪えられていた問題が表面化してくる。それは登場人物の問題であり、同時に(おそらくはタイの、そして他の多くの国の)社会問題でもある。

 本来は人間を公正に審査するために存在しているはずの「試験」が形骸化し、金と権力のやりとりの場に堕し、実力を測るのではなく、試験に通ることそのものが目的化していく。その不気味さがあくまで「青春物語」として「さわやかに」描かれているのが、この作品の上手いところだろう。とある人物の本物の「絶望」を扱っているこの作品は、ダークに描こうと思えばいくらでも出来たはずなのだが、徹頭徹尾、そうは感じさせないようにみせている。

 

 また、予告編でも登場している「事情聴取シーン」も非常に上手い。これもまたミスリードとして機能している。ああしたシーンが入ることで、映画好きであればあるほど、「ああ、こういう構成の映画か」と思い込んでしまうだろう。たとえば『ミッション・インポッシブルIII』のように。

 しかし、このシーンの意味がわかった直後、こうした筋の予測を立てていた人ほど、物語の行き先が全くわからなくなる。次に何が起こるのかすら一切想像が出来ない不安定状態に置かれ、シンプルなサスペンスながら未曾有の緊張状態に観客を置く。定型かと思わせておいてそれを自然な流れで壊していくというアイディア、線路から突然放り出されたような感覚は、初めて味わうものだった。

 

 驚くべきことに、本作にはほぼ全く説明セリフや説明ナレーションが存在しない。複雑なクリミナルサスペンスであるにもかかわらず、画面上の描写のみですべてを乗り切ってしまう描写のうまさ。脚本が書き上がった時点で、成功はもう約束されたも同然だったろう。

 サブ主人公が本当に貧乏であるのに対し、メインの主人公が決して、そこまで貧しくはない、中の下程度の家庭で育っている奨学生であることも、この物語を見事にしているポイントといえる。メイン主人公は、決して必要に迫られて不正を働いたわけではなかった。逃げることも断ることも出来たはずだった。劇中でも言及されるとおり、すべては主人公の選択が原因で起きた出来事である。

 

 極めて誠実に織り上げられ、ありきたりの形に逃げなかったこの物語は、最後の一瞬に至るまで観客を解放してはくれない。ラストで主人公が選んだ選択肢、もう一人の主人公が選んだ選択肢。その二つの選択が突きつける無数の問いかけ。「正しい」振る舞いとは何なのか。この物語に悪い人物はいるのか。

 文芸性もエンタメ性も兼ね備えた傑作。