『怪盗グルーの月泥棒』★★★★★
子ども向けだからといって逃げを打たなかった秀作
短くて楽しい作品観たいな、ということで選択。とにかく主役の声が笑福亭鶴瓶師匠(大好き)である、ということ、黄色くて一杯いるのがミニオンという名前だ、ということだけ知った状態で観賞。
期待通りの愉快で楽しい作品。個人的には鶴瓶師匠が声優として思っていたより上手だということに感心した。
内容は至ってシンプルで、主人公である怪盗グルーが月を盗むために奔走する、というお話。今となってはミニオンの人気が非常に高いが、キャラクターとしてはグルーがとても魅力的。
今ひとつパッとしない、ドジだけれども切れるところは切れている怪盗。『名探偵ホームズ』のモリアーティ教授を思い出させる。
パッケージにはなかなか映ってないなあ。
そのスタイルも、シンプルながら今時らしい格好良さがある。マントとかシルクハットとかではなく、スタイリッシュなブラックのニットスタイル、という意外なおしゃれ加減。それなりの技術力と才能、機転はあるのに、どうにも運が悪くて上手くいかないのも好印象。
そしてそんなキャラクターに、鶴瓶師匠の声が意外なほどハマる。最初は「めっちゃつるべやん」としか聞こえなかったが、さすがベテランだけあってじわじわと浸透してくる。原語ではスティーブ・カレルが声を当てていたが、彼は嫌みっぽいエリート風のコメディアンなので、かなり印象が違ってくる。師匠の声だと「外見はおしゃれだけれども根っこは柄が悪い関西のおっちゃん」にしかならない(笑)。
けれど、それが結果として上手くいっている。落語とバラエティ番組仕込みのとても生っぽい芝居を、このポップなアニメに入れ込んでいるのだ。ちょっとした瞬間の切り返し、めんどくさそうな言い回しが芝居クサくない、本当にうんざりしている大人の声になっていて、これが実に面白い。作り物の世界の中で、ちゃんと疲れている面白い大人が1人いる、という存在感を作り出すことに成功している。師匠、相当練習してから臨んだんじゃないだろうか。
筋書きは先の通りで、もう一人の怪盗との対決を主軸にしつつ、子どもたちとの触れ合いを絡めていく、という流れ。この「子どもたちとの触れ合い」もわりとうんざりする題材なのだが、子どものキャラもグルーのキャラも、あざとくならない本当にギリギリのラインをすり抜けているので、「ありきたりな感動物」に堕さずに済んでいる(もちろん吹き替えの芝居の秀逸さのおかげでもある)。
そもそもこの手のいい話は、オトナは望むのかも知れないが別に子どもが観ていたところで感動する内容では無いと思う。大して面白くもないし。ちゃんとひとつひとつの笑いを細かいアイディアを込めつつ練り込み、その中にまぶすようにしてグルーと子どもたちの関係性の変化を見せていくことで、「感動させるためにキャラを対立させる」ような無理やりの盛り上げを作らずに済んでいる。
ストーリー上で明示したり説明したりしていないが、登場人物全員にきちんと背景があり、その結果として現在の行動に至っている。その事実が、キャラクターデザインや表情、演技、暮らしている場所など、細かな描写によってきちんと伝わってくる。しかもオリジナリティある描き方で。この仕事をするかしないかで、お話の価値は大きく変わってくるものだ。
続編があと3本もある。観るのが今から楽しみ。