週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『ファースト・マン』★★★★☆


映画『ファースト・マン』特報

1人の人間の精神的死と蘇生を描いた、孤独な月旅行

【あらすじ】

「人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」
 前人未到の未知なるミッション…人類初の"月面着陸"。アポロ11号船長 ・ニール・アームストロング の視点で描く!(公式twitterより)

 

 デイミアン・チャゼル監督作品は過去にも『セッション』『ラ・ラ・ランド』どちらも感想を書いてきたが、どうしても★3つから動かなかった。極めて高度な技術で巧みな内容を描き出していることはわかるのだが、どうしても、個人的に共感出来ない作品だったのだ。

 人生観そのものが監督とマッチしないのかも知れない。あるいは彼の描く怒りや悲しみがテクニカルに見えて、表層的に感じられてしまうからかも知れない。上手すぎることによる作り物感、感情移入のしづらさは確かにあった。

 今回もそんな不安や疑念と共に観賞し、それを感じないとまではいわないが、今回やろうとしたことは宇宙開発競争を描いた作品としては極めて異例な内容で、過去作品にはない厚みがあった。過去作に筆者はどうしても、表層的な人生の肯定を感じてしまったのだが、今回の作品にはそんな上滑りしたものはない。

 

 確かアメリカではあまり評判がよくなかった、と耳にしたが、それも納得の内容だった。なにしろ、愛国的な要素など欠片もない。この作品は、月に人類初めて降り立った偉大なアメリカ人の物語などではまったくない。それとは対極にある、極めて個人的な孤独と絶望から回復する人間の話なのだ。

 観賞するほどに、ライアン・ゴズリングの芝居が異様に思えてくる。何の感情も伝わってこないのだ。これから月に行く、おそるべきミッションに挑むという緊張感すら、今ひとつ伝わらない。虚無感ばかりが漂っている。

 そして、劇中で繰り返されるのは、死、葬儀、棺桶のイメージ。冒頭で死亡した人物の棺桶が強烈な印象を残したあとも、幾度となく閉ざされた扉、掛けられる重い錠。その扉は開けられることなく、またしても人は死ぬ。「コクピット」とは棺桶を意味する、と森博嗣が書いていた(ざっと調べたところ事実ではないようだが)が、近いイメージを喚起するのは間違いない。

 扉が印象深く開くのは終盤のとあるシーンぐらいであり、つまり映画全体がこのとあるシーンにおける「解放」に向けて作り上げられている。

 

 『ライトスタッフ』も『アポロ13』もそうだが、偉大な冒険を乗り越えた英雄たちの物語として、この手の伝記映画は制作されるのが普通である。アメリカの宇宙開発はソ連との対決であったし、まして月に先行して立てたことは大きな勝利だった。だから、そんな物語を期待して劇場に行った人も多かっただろう。

 そこにぶつけられるのがこの、ひたすらに個人的な物語なのだからたまったものではなかったと思う(笑)。映画としては、「アポロ11号」の話ではなく、「ニール・アームストロング」個人の話であって(だからこのタイトルなのだ)、彼の人生を描く中にアポロ11号の件が出てくる、と捉えたほうがいい。なので、月面着陸は驚くほどあっさりした描写で終わる。けれど、全体のバランスとしてはこれでよい。

 まっとうな人生や家族関係、希望や感動とは無縁な主人公が、ひたすらに月へ行こうと努力する。それがなぜなのかは観ていてもなかなかわからない。はっきりするのは先に書いた「扉が開くシーン」以降だ。明言は避けるけれど、この作品は「ひとつの長きにわたる葬儀の物語」だったのだ。

 

 もちろん、過去作のように妙に手練れを感じさせるところもあった。ドキュメンタリー、あるいは記録映画風に見せるために手持ちカメラによる手ぶれと人物の顔アップが繰り返されるが、さすがにやりすぎ。とはいえ、宇宙空間の映像は全て「カメラを設置している前提の画角」でしか描かれないので、この部分のリアリティはたまらないものがある。

 単なるアポロ計画だけではない、「孤独とそこからの解放」を描ききった本作は観る価値がある。過去作のような表層的な人生賛歌はここにはない。寂しい人が救われる、ある意味、それだけのお話なのだ。