週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『her/世界でひとつの彼女』★★★★☆

 

ひねったSFのようでその実、無数の問いかけが詰め込まれたシンプルな恋愛物語。

あらすじ

 そう遠くない未来のロサンゼルス。ある日セオドアが最新のAI(人工知能)型OSを起動させると、画面の奥から明るい女性の声が聞こえる。彼女の名前はサマンサ。AIだけどユーモラスで、純真で、セクシーで、誰より人間らしい。
 セオドアとサマンサはすぐに仲良くなり、夜寝る前に会話をしたり、デートをしたり、旅行をしたり・・・・・・一緒に過ごす時間はお互いにとっていままでにないくらい新鮮で刺激的。ありえないはずの恋だったが、親友エイミーの後押しもあり、セオドアは恋人としてサマンサと真剣に向き合うことを決意。
 しかし感情的で繊細な彼女は彼を次第に翻弄するようになり、そして彼女のある計画により恋は予想外の展開へ――! “一人(セオドア)とひとつ(サマンサ)"の恋のゆくえは果たして――?(amazonより)

 人工知能は身近な存在になりつつあり、おそらく数年のウチに現実の人間と区別がつかないAIの話し相手が世の中にあふれかえるようになるだろうが、恋をするのはどれぐらい一般的になるだろうか。キャラクターに愛情を抱く人がこれだけいるのだから、少なくない人が恋愛をするようになるだろうと思うけれど。

 アマゾンのあらすじは無駄に感情的かつベタに書かれているが、本作は非常にクールで物静かなSF作品。生き方が下手だけれど文才はある男と、AIの恋愛を描いた物語である。監督はスパイク・ジョーンズ。どうも、スパイク・リーとかダンカン・ジョーンズとかアン・リーとかと頭の中でごっちゃになっていたが(全員作風が独特)、視聴済みの過去作は『マルコヴィッチの穴』だけだった。

 

 なまじSFが好きだと、「こういう系の話ね」と勝手に把握した上で、果たしてどこまで行ってくれるのか、と勝手な期待を抱いてしまう。ジャンルフィクションの辛いところかも知れない。人間ではない者との恋愛、人工知能の進化する姿、人体を持たない存在の心、被造物の苦しみ。そうしたテーマが本作でもたっぷり詰め込まれている。

 いくらでも主題は明快に出来た内容だろうけれど、見ていると描こうとしている問題があちらへ行き、こちらへ行き、と揺らいでいるようにすら感じられる。結末を衝撃的に描こうとするなら伏線をいくらでも張れただろう。メッセージ性を高めようと思えばできたはずだ。実際観賞していても、この物語のメインテーマをはっきりと読み取るのに苦慮していた。

 

 大きな要素としては、「愛は誰にとってリアルなものか」ということだろう。主人公は手紙の「心のこもった」代筆をするという会社の優秀な書き手である。劇中でも、書き手が誰であれ差出人が女ならそれは女からの手紙だ、とセリフで言及されている。誰が書いていようが、手紙に込められた愛情を読み取るのは受取手である。

 AIとの間の恋愛も同様に、その差出人がリアルな人間であるかどうかをどの程度問題にするかが要点になるだろう。AIに愛情があるか、そもそもAIにリアルな意志があるかを確認する術はない。コミュニケーションはすべからく、受け手の問題になる。

 赤の他人への手紙では見事な手腕を発揮する主人公は、最も身近で最も知っているはずの女性に対しては、満足なコミュニケーションを取れなかった。彼はAIの恋人を通じ、そんな自分と否が応でも向き合うことになる。

 

 ただ、本作を複雑にしているのは、同時にAIのヒロインの心理もきっちり追いかけ、悩ませ、行動させているところにあるのだろう。身体を持たない、人間ではない彼女の恋愛。しかも彼女は創られた存在であり、自分を自分で制御することが出来ない。

 そんな条件に置かれた一人の存在の心を、しかもセリフでしか描けないキャラクターを、逃げずに描写している。彼女も悩み、傷つき、成長していく人物としてきちんと成り立っているのだ。主人公かヒロイン、どちらかに絞ればよほど簡単でわかりやすい話に出来ただろうが、そうしないことで本作は、展開ごとに無数の疑問や問いかけをこちらに投げかけてくれる。

 

 オチそのものはSFやファンタジーの世界では類例があるものだろう。筆者も途中で予想はついていた範疇のものだが、オチでビックリさせるのがこの作品の狙いではない。あくまで静かに描かれた恋愛物語として幕を閉じる。

 わかりやすい答えを用意した物語にしてしまっては、本作の意図からもずれるだろう。ふたりの恋愛模様を描いたひとつの詩であり、そこから何を受け取るかは、これもまた受取手次第なのだ。