『海獣の子供』★★★★★
【6.7公開】 『海獣の子供』 予告2(『Children of the Sea』 Official trailer 2 )
言葉で伝えられない「世界の真実」と観客を同期させてみせる、妥協のない驚きの傑作
あらすじ
自分の気持ちを言葉にするのが苦手な中学生の琉花は、長い夏休みの間、家にも学校にも居場所がなく、父親の働いている水族館へと足を運ぶ。そこで彼女は、ジュゴンに育てられたという不思議な少年・海と、その兄である空と出会う。やがて3人が出会ったことをきっかけに、地球上でさまざまな現象が起こりはじめる。(映画.comより)
今年はどうも、海や自然を題材にしたアニメ映画企画が重なってしまう年らしい。予告編を見たときから気になっていた本作を鑑賞。ちなみに原作は恥ずかしながら未読。
目を疑うほど作り込まれた映像で、世界そのものを観客の頭に流し込んでくる圧巻の作品。原作を知らなくても充分に「受け止める(≠理解する)」ことができる。監督は、『帰ってきたドラえもん』『おばあちゃんの思い出』の渡辺歩。
上にも書いたように、描写の洪水を受け止めることは出来るが、理解することはおそらく出来ない。しかしながら、流れに身を任せさえすれば混乱することなく物語を泳ぎ切ることが出来る。この感覚自体、おそらく主人公が物語り中で感じていることと同じだろう。
観賞前に想像していたより、遙かに、帰ってこられるか不安になるくらい遠くまで連れてこられる作品。絶対映画館で観て欲しい。
本作の主題のひとつは、「世界の全てを言葉で伝えきることは出来ない」ということ。劇中でも言及されているとおり。実際、言葉は出来事をそぎ落とし、取捨選択してしまうものである。言語化出来ない感覚を少しでも伝えようとするなら、言葉よりも絵画や音のほうが有効なのだ。
原作は未読だが、マンガというメディアが非常に得意なのはこの一面だと思う。作者という一個人が感じ思ったことを、非常にプリミティブな形で他人に伝達することが出来る。おそらく、小説以上に。まだ想像だが、原作はとても感性的な描写が相次いでいるに違いない。
そうした作品を映像化するのは恐ろしく困難である。アニメーションにする以上、大勢の人間が関わらざるを得ず、その全員が共通の認識を持つにはある程度、言葉に頼らざるを得ない。それだけでなく、大勢の観客に見せることを意識するからには「ちょっとぐらいわかりやすく・・・・」というスケベ心は湧いて出てくる。結果として中途半端な妥協の産物が生まれかねない。
しかし、本作にそうした妥協は無縁である。言語化不能の、感性的で感覚的なイメージと比喩の乱立、飛躍を、驚くほどそのまま映像にしている。宇宙、海、星、隕石、夜、月、魚、鯨、精子、受精、受胎、深海、男、女、出産、赤子、こうした無数のイメージの狭間を画と映像の力でシームレスに飛び回り、言語化せずに比喩をそのまま流し込んでくる。
芸術性の高いアニメーションではそうした描写はままあるかも知れないが、これはほとんど詩として描かれているもの。物語のある作品としてこれを行うのは恐ろしく難しいはずだ。そしてそれに、成功している、と筆者は感じた。
大切なのは無理に理解しようとしないこと。何度も繰り返し見れば一貫した解釈は可能なのかも知れないが、そうした硬直した理解を放棄した先に、美しく恐ろしい、手の届かない場所にある世界の真実がやってくる。
最初は、この至って平凡にしか見えない主人公の少女にどんな意味があるのか(正確には、たくさん問題があるように描かれてはいるが明示はされない)、なぜ描かれる価値があるのかわからなかったが、物語の最後に至ってよく理解出来た。彼女は最後まで、まっとうな人間でなければならなかったのだろう。
この「明示はされない」というのは、作品全てにおいて一貫された姿勢である。作中に登場するありとあらゆる要素が、「描写はされるが明示はされない」。説明もされない。わからせよう、という気もない。わからなくていいのだ。だって主人公もわからないのだから。
最初から最後まで、徹底して主人公の視点で描く、というのはまさにこういうことをいうのだ。ひとりの女の子に全てがわかるわけはないが、しかし、そのひと夏の出来事が全てを変えてしまうということはありうる。
映像の美しさも壮絶なレベルだが、個人的には海の描写が素晴らしかった。海というものをただ何も考えず美しく描くのではなく、きちんと「怖いもの」として描く。人知の及ばない、人の手の届かない奥深い闇をたたえた水として描いているのが本当に見事。宮崎駿作品でもここまでの奥行きを感じたことはなかった。
さらに、久石譲の音楽がすごい。ジブリ作品で聞けるようなメロディアスな音楽作りを一切使わず(つまり自身の最大の武器を使わず)、映像に添い遂げる楽曲を作り上げ、よい意味で映像に溶け込んで記憶に残らない作品に仕上げているのがさすがだった。
現時点で今年一番の作品。もう一度観に行こうかな。