『ブリグズビー・ベア』★★★★☆
『カメラを止めるな!』と並べて評価している人が多かったのと、題材自体が以前から気になっていたのでようやく鑑賞。マーク・ハミルがすごくよかった。全体的に暖かで、少し暖かすぎるぐらいかも知れないけれど、でも世界は優しいほうがいいだろう・・・・なんてちょっと思った。
brigsbyという単語は調べても出てこないので、意味はないのだろう。25年間を外の世界を知らずに育てられてきた青年が、解放されて初めてやったこと、それは自らを監禁していた偽の両親が、自分を教育するために自分だけのために作っていた教育SF番組、『ブリグズビー・ベア』の続きを、自ら作ることだった・・・・というお話。
いや、それ以上でもそれ以下でもないお話なのだけれど、まるでおとぎ話のように優しく作り上げられているので、そのある種突飛なアイディアが、心の中に染み渡るように広がっていく。登場する人々は誰も彼もが優しい。主人公は生育環境の影響で終始、非常識な行動を繰り返す。けれどこの物語は、「そこから成長しなければならない」というありがちなところに回収されない。
『めぞん一刻』の有名なセリフとたまさか似通ったとあるセリフが、この物語の伝えんとするところを明確に描いている。成長とは、子ども時代に大切だったものを切り捨てることではない。それらを胸の内に抱いたまま、共に、より大きくなって生きていくことを指しているのだろう。幼い頃の夢や希望、やりたいことを捨てなければならない、大人にならなければならない、というありきたりな教育、誰もが向き合うであろう悩みや苦しみを、主人公は普通よりも際立たせているのだ。
マーク・ハミルが登場したことで、どうしても自分は『スター・ウォーズ』とジョージ・ルーカスを思い出さずにはいられなかった。少年時代から大好きだったものをこれでもかと詰め込んだSFアクション映画。その1作目の公開時、ルーカスは海外に逃げていたらしい。酷評されることを恐れて。主人公が完全に同じ状況に置かれているのは、間違いなくオマージュだと思う。
愚かと笑われようと、捨てろと叱られても、自分の内側に「彼ら」は息づいている。なら、何と言われようが表現していいのだ。
もちろん、何度も書いているようにこの物語の世界は非常に優しい。むしろ、イヤな人がほぼ出てこない構造にしたことで、この題材を扱うには甘さが強まりすぎてしまている。現実には子どもの頃からの思いを他者にぶつけて、嘲笑されない人のほうが少ないはずだ。この物語では、ブリグズビー・ベアそのものを否定的に扱ってくる人物は1人として登場しない(映像をたまさか目にしたYouTube上の視聴者でさえも)。そこの過度な優しさに、個人的には少々引っかかりは覚えた。奇跡的な成功者の物語なのだ。
しかし、1人の青年の、形式的ではない真の意味での「成長」=他者との関わり、家族との関わり、社会との関わりの始まりを描いた一篇の寓話としては、美しい出来と言えるだろう。「外」の世界をあれほどなんとも思っていなかった主人公が、最後には他者からの視点に恐怖するのだ。子ども時代を捨てるのとは全く違う、本当の意味での「成長」の描写だろう。
また、近年の『スター・ウォーズ』2作、特に最後のジェダイで妙演を見せていたマーク・ハミルの芝居が本当に素晴らしかった。終盤のとあるシーンで、彼でなければならない、と感じさせるくだりがあるが、それを差し引いても、屈折し、苦難の道を歩みながらも優しい美しい老人の瞳を、僅かな出演シーンで魅せきるその演技力は賞賛に値する。これからもっと、たくさんの作品に出演して欲しい、と心から思う。