週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『セッション』★★★☆☆

 

セッション [Blu-ray]

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  周囲にたたえる人が数人いたので以前から気になっていた作品。『ラ・ラ・ランド』は★3つだった。
 感想としては、うーん、この物語において作者は「音楽」をどのように描きたかったのだろうか、というところがピンとこなかった、という印象だった。


 早い段階で登場する下品な単語を並べ立てた罵倒、最初に退場を余儀なくされるのが「デブ」というあたりで、ああこれはジャズで『フルメタル・ジャケット』をやる話なのだろうな、と思った。少なくとも意識はしているだろうと思う。
 それはいいとして、では現在、『フルメタ』をジャズを題材にしてやる意味が那辺にあるのだろうか、という疑問が浮かぶ。教師役の演技は凄絶かつ悪辣で見応えがあり、それを受けてのドラムの演技は(ジャズドラムとしての善し悪しは別にして)熱かった。

 

「テンポ」の精確さを病的に重視する教師の姿勢はかなり疑問が残ったが、監督は元ジャズドラマーらしいので根拠はあるのだろう(やっていること自体はクラシック音楽を題材にした方が適しているように感じる)。

フルメタル・ジャケット』はヴェトナム戦争の虚無を終始一貫して描いている傑作だが、ハートマン軍曹の言動は目の前にいる若者を徹底して否定し、彼自身を肯定することで同時に戦争を肯定し、戦場の機械として仕上げるために機能している。そして成功している。
 だからこそ彼は射殺されなければならなかった。物語において、ハートマン、そしてヴェトナム戦争はニアリー・イコールであり、その場においてのみ強烈な意義を持ち、逃げ場のない絶望でありながらも、同時に瞬間的に霧散する、愚かしい虚無でもあったからだ。

 

 それでは、本作はどうだろう。教師が絶叫するジャズは、逃げ場のない絶望であり絶対的正義なのか。この場においてはそうだろうが、冒頭に別の教師がいたように、この学園内でも他の音楽は存在し得た。教師は主人公を選びにやってきて、彼は選ばれ、半ば自分自身の功名心のために教師のバンドに居続けた。なぜなら主人公の見ているきわめて狭い世界において、教師のバンドは世界最高のジャズバンドだからだ。

 だが、戦争と音楽は違う。他の居場所は存在しうる。あえていえば、「逃げ場のある虚無」なのだ。評価軸が一つしか無い世界ではない。もちろん、実質逃げられないように主人公を追い詰めるパートは存在しているが、それもやはり、様々な事情によって自分自身をドラムでしか肯定することが出来ない主人公が、音楽を戦場のようなものとして捉えてしまっている「誤謬」と思えてならない。
 本作においては『フルメタ』と明確に違い、主人公のサイドにもあからさまな愚かしさがいくつも存在している。理想を押しつけることしかしない(そもそも理想が存在しているのかすら怪しい)教師も愚かだが、そんな教師を盲信してしまう主人公もまた、愚かに見えてしまう(ガールフレンドを中二的な思い込みで振るあたりが特にわかりやすい)。

 

 では、いったん教師を否定し自らの愚かしさを悔い、ドラムをやめようとした主人公が、教師にいいように言い寄られてラストの舞台に上がらされ、一度ははめられそうになるもついに主導権を握り、最終的には不適に『キャラバン』を演奏し終えるラストのパートは、何なのだろうか。最終的に主人公は、教師を殺さず(殺そうとしたのは1つ前のパート)、ともに音楽をやり終えたのだ。

 あくまで個人的な感想だが、最終的に主人公は教師と共犯関係に陥ったのだ。一度否定したはずの教師の「戦争的音楽」、人を自殺に追いやる音楽、狂気の向こう側にある音楽に彼は最後の舞台でたどり着いてしまった。
 そんな音楽が良いか悪いかは、この場では検討しない。そんなジャズが良いか悪いかも自分は知らない。主人公に才能があったのかどうかすら、映画を観てもはっきりとはわからない。いい音楽、悪い音楽、完璧な音楽、美しい音楽、つまらない音楽、まして主人公の成長、そんなものをこの作品は描いていない。

 

 描いているのはただひたすら、過剰な理想を追い求めた先にたどり着く狂気の向こう側、無私の世界の、本来存在し得ないであろう「音楽」である。それがいいとか悪いとかはもはやどうでもいい。だからラストシーンで観客は消失する。最後に観客の拍手は入らない。関係ないからだ。
 そんな「音楽」にどんな意味や価値があるのか。そんなこともどうでもいい。ただたどり着きたかった場所にたどり着いてしまった、それだけなのだろう。だから、あの演奏が終わった後は描かれない。意味が無いからだ。

 

 映画の点が★3つなのは、あくまで筆者個人がいち音楽ファンとしてそのような「音楽」を好きになれない、そのようなものを理想だと思いたくない、肯定したくない、という個人的感情による。この作品は描こうと思ったものを描けている、成功作である。