週に最低1本映画を観るブログ

毎週最低1本映画を鑑賞してその感想を5点満点で書くブログ。★5つ=一生忘れないレベルの傑作 ★4つ=自信を持って他人に勧められる良作 ★3つ=楽しい時間を過ごせてよかった、という娯楽 ★2つ=他人に勧める気にはならない ★1つ=何が何だかわからない という感じ。観賞に影響を及ぼすような「ネタバレ(オチなど)」は極力避け、必要な場合は「以下ネタバレあり」の記載を入れます。

『ゆれる』★★★★★

 

ゆれる

ゆれる

 

  素晴らしく面白かった。法廷サスペンスとしてこれほどシンプルで力強いものはなかなかないし、事件のシチュエーションも隠喩的で魅力的だった。なにより、作品のパッケージングまでフルに利用した意地悪なミステリーでサスペンスだったと思う。本当の真実は最後まで描かれないままなのだ。

 最初は「なぜ香川照之がこんな善人の役をやっているのだろう」と思ったけれど、彼の演じる兄貴は善人でも何でもない。善人であることを強いられた人間が人生をかけて弟を陥れる物語だったと思う。

 

 兄貴は最初から、弟が幼なじみの女性をさらっていったことを知っていて、全てを自分から奪い取っていた弟に憎しみを抱いていた。

 問題は、法廷で兄が何をやろうとしていたのか。懸命に自分を擁護しようとする弟を観て、兄は、「自分が彼女を抱いたせいで兄が彼女を殺してしまった」と弟が理解している、ということを理解したはず。そして弟が兄を擁護しようとしているのは、兄は彼女を殺してなんかいない=自分が彼女を抱いたせいで兄は人殺しになっていない、という事実上の自己弁明、罪悪感からの逃避のためだとも思い至ったはず。

 兄は、弟に、「自分が彼女に手を出したせいで兄も彼女も家族も全てを失ったのだ」という烙印を押したかったのだと思う。弟が証言台に立つ前に、面会の席で繰り返し弟を挑発し、「兄は嘘を吐いている」「弟を憎悪している」という気持ちを持たせた。結果として弟は、兄のためだとして兄の有罪を認める証言を述べた。

 けれど、弟がそれを認めたということは、更にその根源にある罪は弟自身にある、ということを認めさせることでもある。弟に自身の愚かしさを認めさせることに、兄は成功したのだ。兄は弟から最も大切なものを奪い取った。

 結果として七年後、弟は変わり果てている。家事まで全部してくれていた彼女もいなくなり、女っ気のない狭いアパートに引っ越し、仕事のつきあいでは愛想笑いしながら電話する。けれど、この映画が更に秀逸なのは、「弟本人は七年後もまだそれを認めていない」というところにあると思う。

 未だにろくに走らなくなったクラシックカーに乗っているのもそうだし、なにより、ラスト間近のポエミーなナレーションも、過去を思い出して感傷的になる涙も、走り出してお兄ちゃんを迎えに行こうとする行動も、根本的には自己愛から逃れられていないことを描いていると思う。「俺はお兄ちゃんをひどい目に遭わせてしまった」と思っている時点でまだ、どこか自分のほうが兄より優位にいる、という気持ちから出られていないのだ。カズオ・イシグロ作品にも似た、信頼出来ない語り手だと思う。

 エンディングは本当に見事だった。弟のほうに感情移入してしまうと、あの後、バスに乗らなかった兄と弟は抱き合った……とでも考えかねない。エンディング曲すらそれを促している。けれど、最後の兄の笑顔は本意は何だろうか。七年経っても、兄は弟を許していないのではないか。

 

 僕は、最後まで結局、橋の上での真実は不明瞭なままだったと思う。叫び声は聞こえない距離だった。ツメでひっかいた後だって、七年後の感傷から思い起こした弟の考えでしかない。弟の回想も二転三転している。弟自身もおそらく、ちゃんとは橋の上で起きたことを見ていないのだろう(弟の回想は、その時点での弟の感情に最も都合がいいものが出てきている)。

 実のところ、真実はどっちだっていい(弟と兄を挟んで橋の上にいる幼なじみ、というすこぶる隠喩的な状況も面白いのだけれど)。問題は、兄から弟に向けられた悪意にある。

 兄に感情移入するか、弟に感情移入するかで物語の見え方が全て変わってくる。さらに、「オシャレ系感動映画」風に出演者や演出やBGM、エンディング曲も装うことまで、観客を引っかける手段に使っている。ラストの弟の感傷的な涙は、嘲笑すべき自己愛の産物なのだ。大変面白かった。